事例 3 不適切な発言

地方議会制度・運営の考察  シリーズ 12

不適切な発言の取扱いと議長の措置

本人の「撤回」は「取消しの申出か」、「議会の許可」は必要ないのか。
議長の注意は、「発言の取消し命令」と判断して良いのか

40数年の経験を活かした地方議会運営等の見解
議会運営アドバイザー 山形県町村議会議長会前事務局長
            武  田  裕  樹

問 議員の一般質問中、当該議員が「明らかに不適切な発言」をしたので、議長は即座に注意し、
 当該議員も「素直に認め」、「ただいまの発言を撤回する」と発言し、以後の質問を続けた。
  以下について、ご教授願いたい。
 ⑴ 「撤回」は、発言の取消しと判断できるのか。 
   発言の取消しは「議会の許可」が必要ではないのか。 
 ⑵ 議長の「注意」は、「議長の発言取消し命令」と判断することができるのか。
 ⑶ 議長の命令と判断し、本人が取消しを承諾したと判断できるのか。
 ⑷ 議長の命令と判断すれば、会議録から当該発言を「削除」することはできるのか。
 ⑸ 仮に、議長の注意によって、当該議員が「すみませんでした」と発言し、質問を続けた場合
  は、上記の⑴から⑷までをどのように、判断するのか。

1 発言の取消し

⑴ 根拠
 ⒈ 標準町村議会会議規則第64条(発言の取消し又は訂正)
   「議員は、その会期中に限り、議会の許可を得て自己の発言を取り消し、又は議長の許可を
  得て発言の訂正をすることができる。ただし、発言の訂正は、字句に限るものとし、発言の趣
  旨を変更することができない。」
⑵ 条文解釈
  議員は、その会期中のみ、当該議員の申出により、議会の許可を得て取り消すことができる。
  このことから、➀当該議員しかできない、②会期外ではできない、➂議会の許可が必要。
 ※ 実際の運営では、会期内の手続により、会議外で処理することは可能としている。
⑶ 議長の発言の取消し命令
 ⒈ 根拠  地方自治法第129条(議場の秩序維持)第1項
   「普通地方公共団体の議会の会議中この法律又は会議規則に違反しその他議場の秩序を乱す
  議員があるときは、議長は、これを制止し、又は発言を取り消させ、その命令に従わないとき
  は、その日の会議が終わるまで発言を禁止し、又は議場の外に退去させることができる。」
 ⒉ 条文の解釈
   議長は、会議中に、この法律や会議規則に違反したり、議場の秩序を乱す議員に対して、
  ➀制止することができる、②発言を取り消させることができる、➂これらの命令に従わない
  ときに発言を禁止すること、又は議場の外に退去させることができる。
  このことから
  ➊ 議長の発言の取消し命令は、当該議員に対して発言を取り消すよう、促す、消極的な勧告
   である。「取り消させ」であるから本人が取り消すことを承諾することを前提としています
  ➋ しかし、当該議員に拒否された場合は、議長の命令にしたがわないと判断され、当該発言
   以降の発言を禁止することができます。
  ❸ だが、当該議員に拒否された当該発言を、強制的に「取り消すことができる」とは、規定
   されていない。当該発言がどのようになるのかは明記されていません。
  ❹ 議長の発言取消し命令の実質的効果は、本人が承諾した場合に生ずるものです。
    さらに、会議規則第125条、第126条による「会議録(配布用)からの強制的な削除」によっ
   て、生ずるものです。
  ❺ 議長の発言取消し命令により本人が取り消すことを承諾した場合は、議会の許可を必要と
   しません。

2 発言の取消しにかかる動議

 他の議員からの当該議員の発言に対する「発言の取消しを求める動議」の提出
  他の議員が、一般質問を行った議員に不適切な発言があるとして、直接、当該議員に対して
 「発言の取消し命令を求める動議」を提出することはできません。
  これは、前述しているように、発言の取消しは、➀本人の申出によること、②議長の取消命令
 によること、のみが規定されているからです。
  加えて、当該議員に対して、発言の取消しを求めることは、当該議員の発言自由の原則を侵害
 するものと考えられるからです。
 他の議員から、議長に対して当該議員に対して「議長の発言取消し命令を求める動議」の提出
  他の議員が、一般質問を行った議員に不適切な発言があるとして、議長に、当該議員に対する
 「議長の発言取消し命令を求める動議」を提出することは可能です。

3 回答

前述の根拠、解釈等を前提に考察すると
 この場合の撤回は、単なる本人の意向であり、会議中における発言の取消しは、議会の許可を
 必要とするので、本人の申し出により、議会の許可がなければ、取り消された(撤回された)ことに
 はなりません。
  議会(議長)は、本人のこのような発言は「取消しの申出」と理解し、議会に諮る必要がある。
 基本、議長の「注意」は、「取消し命令」ではありません。
  よって、議長の宣告が、単に「ただいまの発言は明らかに不適切発言ですので、注意します」
 といったような議長の発言は、「取消し命令」とは言えません。
  しかし、議長の宣告が、「ただいまの発言は明らかに不適切な発言です。〇〇議員に注意する
 とともに、会議録からの削除を行います。」などとする議長の発言が見受けられます。
  これは、議長の「会議録から削除する」との発言は、「発言の取消し命令」を前提としている
 ことが明らかです。会議規則第125条、第126条に基づくもの。
  これによって、本人が「撤回する」と発言したことは、議長の発言取消し命令を「受入れた・
 承諾した」と解することができます。
  ただし、議長のこのような発言に対して、当該議員が「異議」を唱えた場合(この発言は不適切
 な発言ではないとする発言)、議長の発言取消し命令と会議録の削除についての異議は、地方自治
 法及び会議規則で認められていないので、異議を取り上げる必要はありませんが、異議を唱える
 ことは本人が承諾していないということを意味すると解するべきです。
  なお、本人が司法に訴えることは国民の権利です。
  報道などで、「発言を撤回する」といった場面を見るが、この場合の撤回は、あくまで議員の
 政治的活動等における発言に対するものです。
⑶⑷ 上記⑵のとおり。
 大変に難しい判断となります。 仮に議長の「注意の仕方」が、上記⑵のように、「会議録か
 らの削除」を宣告している場合は、議長の「発言取消し命令」と受け取ることは可能であり、当
 該議員が「謝罪」していることが「取消しの承諾」と解することは可能と考えられます。
  しかし、後刻、当該議員から「会議録の削除」に対する異論が生ずると議長の対応の疑義も問
 われかねません。
  このようなことを踏まえ、議長は「明確」な「発言取消し命令」を行うことが必要です。
  とりあえずは、議長の発言取消し命令によって、会議録から削除することは可能であるので、
 その点だけで言えば、本人の承諾の有無は必要はないのだが、後刻、本人が発言の取消しを承諾
 するのかどうかを確認しておくことが適当です。

 あらかじめ、議長の注意の仕方などを確認しておくこと、また、全員協議会などで、本人の取消
 しに当たる発言や議長の宣告等を確認しておくことが必要です。